
この記事では、労災死亡事故により会社から支給される弔慰金等について、損益相殺の対象となるのか否か、裁判例を踏まえて解説しています。
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目次
1. 損益相殺の基本概念
損益相殺とは、労災事故によって労働者(またはその遺族)が損害を被った際に、同一の事故に起因して労災保険、自賠責保険、厚生年金保険などから給付を受けた場合、その給付額を損害賠償額から控除することを指します。
損益相殺の目的は、同一の事故による損害に対して、企業からの損害賠償と公的保険等からの給付が二重に行われることによって、被害者が不当に利得することを防ぎ、公平な損害の填補を実現することにあります。したがって、損害賠償額を算定するにあたっては、公平性の観点から、すでに受けた給付額を差し引いて計算することになります。
2. 損益相殺の対象となるケース
原則として、損益相殺の対象となるのは、労災事故による損害と性質が同一である給付です。具体的には以下のものが挙げられます。
- 労災保険給付金: 労災保険から支払われる保険給付額は、民事上の損害賠償額から控除されます。
これには、治療費に相当する療養補償給付、休業損害に相当する休業補償給付、逸失利益や後遺障害慰謝料に相当する障害補償給付、遺族の逸失利益や慰謝料に相当する遺族補償給付などが含まれます。 - 会社の任意の上積み補償金: 企業が労災事故に対して独自に支払う補償金も、損害賠償と同様の性質を持つため、原則として損益相殺の対象となります。
※ただし、後ほど解説する裁判例のように、その内容によっては損益相殺の対象とならないものもあります。 - 厚生年金からの障害厚生年金・遺族厚生年金: 労災事故による障害や死亡によって支給されるこれらの年金も、逸失利益などと性質が重複するため、損益相殺の対象となり得ます。
ただし、労災保険給付は、労働者の被った財産的損害(主に治療費、休業損害、逸失利益)の補償を目的とするため、精神的損害(慰謝料)や、労災保険給付の対象とならないその他の積極的損害(入院雑費、付添看護費など)の填補には影響を与えません。これについては後述の「費目拘束性」で詳しく説明します。
3. 損益相殺の対象とならないケース
一方で、以下の給付は損益相殺の対象とはなりません。
- 労災保険特別支給金(休業特別支給金、障害特別支給金等): 最高裁判所は、「特別支給金の支給は、労働者福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり、使用者または第三者の損害賠償義務の履行と特別支給金の支給との関係について、保険給付の場合における前記各規定と同趣旨の定めはない。このような保険給付と特別支給金との差異を考慮すると、特別支給金が被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできず、したがって、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできない」と判示しています(最高裁判所第二小法廷判決 平成8年2月23日民集50巻2号249頁)。これは、特別支給金が損害の填補を目的とするものではなく、福利厚生的な性格を持つためです。
- 将来支給される予定の労災保険年金: 最高裁判所は、将来にわたって支給される予定の労災保険年金については、その受給が確定していないことなどを理由に、損害賠償額からの控除を認めていません。
- 生命保険金: 生命保険契約に基づいて給付される保険金は、被保険者が支払った保険料の対価としての性質を有し、不法行為の原因とは無関係に支払われるものです。したがって、損害賠償額から控除されることはありません(最高裁判所第二小法廷判決 昭和39年9月25日民集18巻7号1528頁)。
4. 会社から支給された弔慰金・保険金・上乗せ補償等について裁判例の解説
会社によっては、弔慰金規程に基づいて弔慰金を支給したり、保険契約に基づく保険金や上乗せ補償を支給することがあります。
その場合、これらの弔慰金、保険金、上乗せ補償等が損益相殺の対象となるのか争いになることが多いので、この点が問題となった裁判例について解説します。
大阪地裁平成16年3月22日判決
従業員がタンクの清掃作業中に有機溶剤中毒で死亡したという労災事故に関する裁判例です。
会社は、役員・従業員に対する弔慰金・見舞金支給のため、保険会社との間で保険金受取人を会社、被保険者を役員・従業員として総合福祉団体定期保険契約を締結していました。また、被保険者を役員・従業員、保険金受取人を被保険者の法定相続人とする傷害保険契約を締結していました。
会社は、これらの保険金を弔慰金として、遺族に支払いましたが、これらの保険金が損益相殺の対象となるのか争点となりました。
裁判所は、以下のとおり、受取人を会社にしていた総合福祉団体定期保険金については、損益相殺を肯定し、一方、受取人を法定相続人としていた傷害保険金については、損益相殺を否定しました。
ただし、損益相殺を肯定した団体定期保険金についても、保険料は会社が負担しているので、そのことは慰謝料の算定で考慮するとされています。
ア 総合福祉団体定期保険金について
(ア)《証拠略》によれば、被告は、役員・従業員に対する弔慰金・見舞金支給のため、共栄火災しんらい生命保険株式会社との間で、保険金受取人を被告、被保険者を被告役員及び従業員として、総合福祉団体定期保険契約を締結し、亡一郎の死亡により被告が共栄火災しんらい生命保険株式会社から三〇〇万円を受領し、これを原告に弔慰金として支払ったことが認められる。したがって、これは前記損害賠償債務に充当されるべきものと認められる。
(イ)この点に関し、原告は、前記三〇○万円のうちの一五〇万円は債務不履行及び不法行為の原因と関係なく被告従業員に支払われるべきものであり、損害のてん補とならないので、損害賠償額から控除されるべきでないと主張するが、前記のとおり、被告が締結した保険契約に基づいて支払を受け、これを原告に弔慰金として支払ったものであるから、この点に関する原告の主張は採用できない。
イ 傷害保険金について
(ア)《証拠略》によれば、被告は、共栄火災海上保険相互会社との間で、被保険者を被告役員及び従業員、死亡保険金額を一〇〇〇万円(役員)、七〇〇万円(現業管理職。亡一郎は現業管理職扱い)、五〇○万円(現業一般職)等、死亡保険金受取人を被保険者の法定相続人とする普通傷害保険契約を締結し、その保険料を負担したこと、亡一郎の死亡により、被告を介して保険金七〇〇万円が原告に支払われたことが認められる。
(イ)被告は、前記傷害保険金七〇〇万円についても、損益相殺がなされるべきであると主張するが、前記傷害保険金は、保険契約者(被告)の損害賠償義務の有無を問わず支払われるとされていることから、同保険金をもって損害賠償のてん補としての性質を有するものということはできず、この点に関する被告の主張は採用できない。ただし、前記傷害保険契約の保険料は被告が出梢していること及びその保険金額等を考慮し、前記傷害保険金が支払われたことを慰謝料算定に当たって勘酌することとする。
東京地裁平成20年12月8日判決
在籍出向中の従業員がうつ病に罹患して自殺したという労災事故についての裁判例です。
会社から遺族に対して(ア)業務外死亡弔慰金100万円,(イ)特別弔慰金3200万円,(ウ)特別加算金720万円及び(エ)遺児年金344万円の合計4364万円の弔慰金等が支払われており、これらが損益相殺の対象となるか争点となりました。
裁判所は以下のとおり、遺族保障給との調整規定の適用がなく、給付事由に該当すれば無条件に支払われることなどから、主として弔意及び遺族の生活援助の趣旨で支給されたものとして、損益相殺の対象とはならないと判断しました。
被告Y1が,原告X1に支払った弔慰金等合計4364万円は,いずれも,労働者災害補償保険法による遺族補償給付との調整規定の適用がなく,給付事由に該当すれば無条件に支払われ,そのうち業務外死亡弔慰金,特別弔慰金及び特別加算金は,いずれも上記調整規定が適用される遺族補償とは別に支払われること,また,特別加算金及び遺児年金は,父母または遺児の存在を要件としており,父母または遺児の生活援助を図る趣旨と解されることを考慮すれば,上記弔慰金等は,主として弔意及び遺族の生活援助の趣旨で支給されたものと解するのが相当である(乙15ないし17,弁論の全趣旨)。したがって,Aの死亡による損害を填補するとは言えないから,これらを損害から控除することはできない。
神戸地裁平成25年3月13日判決
生活雑貨店に勤務していた従業員が心臓性突然死をしたという労災事故に関する裁判例です。
遺族に支払われた遺族補償年金一時金、会社から支払われた労災上乗せ補償、遺児育英資金が損益相殺の対象となるか争われました。
裁判所は以下のとおり、遺族補償年金一時金は特別支給金であることから損益相殺の対象とならないと判断しました。
また、会社の労災上乗せ補償については、規程を分析し、一部については、その性質上、死亡による損害の填補を目的とするものではないとして、損益相殺の対象とならないと判断しました。
そして、遺児育英資金についても同様の理由から損益相殺の対象とならないと判断しました。
遺族補償年金一時金300万円は、特別支給金であって(甲8の2・1、3枚目)、遺族の福祉の増進を図るものと考えられるから、損害の填補を目的とするものではなく、損益相殺の対象とはならない。
また、被告主張の労災上乗せ補償1320万円(死亡弔慰金計算書〈乙10・1枚目〉の死亡弔慰金支給基準額欄、社員A区分中、勤続年数5年以上10年未満、労災B死亡欄の金額)のうち、320万円については、被告の死亡弔慰金支給に関する内規(甲21)によると、その目的は、遺族の生活安定を図るものとされており、320万円の部分は普通死亡の場合にも支給されていること、内規には損害賠償請求権の代位取得の規定がないこと、320万円に係る部分は、被告が住友生命保険相互会社の総合福祉団体定期保険を利用したものであること(乙10・2枚目)からすれば、死亡による損害の填補を目的とするものではないといえ、損益相殺の対象とはならない。
また、遺児育英年金については、遺児育英年金規程によると、その目的は、従業員が死亡した場合などにおいて、その遺児に育英年金を支給し、育英の扶助とすることであって、死亡原因あるいは就労不能となった原因を問わず一律に月額2万5000円が支給されるものであり、損害賠償請求権の代位取得の規定がないこと(以上につき甲22)からすれば、遺児育英年金は、死亡による損害の填補を目的とするものではないといえ、損益相殺の対象とはならない。
裁判例を踏まえての検討
損益相殺については、給付が本来損害の填補を目的としているか(損害填補性・同質性)、給付原因事由が事故等と因果関係を有するか、給付の趣旨や目的(弔意・福祉増進・生活安定等か、損害填補か)、損害賠償制度との調整規定(代位、求償、返還義務等)の有無、給付の費用負担者や対価性の有無、社会通念上の妥当性や給付額の多寡等のこれらの要素を個別具体的に検討し、その可否が判断されます。
弔慰金や死亡弔慰金は、遺族に対する弔意の趣旨で支給されたものであり、損害を填補する性質を有しないため、原則として損益相殺の対象とはなりません。
ただし、名目が弔慰金であっても、実質が損害填補目的である場合や、支給額が高額で実質的に損害賠償の性格を有する場合は、損益相殺の対象となる可能性があります。
生命保険金については、既に払い込んだ保険料の対価の性質を有するもので、もともと不法行為の原因と関係なく支払われるべきものとして損益相殺を否定した最高裁判例(最二小昭和39年9月25日)もありますので、原則として、損益相殺の対象とならないと考えて良さそうです。
労災上乗せ補償については、基本的には、損害填補目的で設けられているものと考えられますが、上記裁判例のように支給趣旨等から場合によっては、損益相殺の対象とならないものもありますので注意が必要です。
以上のように、弔慰金等が損益相殺の対象となるか否かは、給付の趣旨・性質・支給根拠・支給方法等を個別具体的に検討し、損害填補性を踏まえて判断されます。
5. 保険給付の費目拘束性
民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、労災保険法による保険給付が損益相殺の対象となるのは、保険給付が対象とする損害と同性質であり、かつ同一の事由に起因するといえる場合に限られます。この原則を「費目拘束性」といいます。
最高裁判所第二小法廷判決 昭和62年7月10日(民集41巻5号1202頁)は、この費目拘束性について明確な判断を示しました。この判決では、労災保険法による休業補償給付や傷病補償年金、厚生年金保険法による障害年金が対象とする損害と同性質であるのは、財産的損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであるとしました。
したがって、財産的損害のうちの積極損害(入院雑費、付添看護費など)や精神的損害(慰謝料)は、上記の保険給付が対象とする損害とは性質が異なるとされています。このため、仮にこれらの保険給付が現実に認定された逸失利益の額を上回ったとしても、その超過分を積極損害や精神的損害の填補として控除することは許されません。
例えば、休業補償給付や障害補償給付のように、逸失利益の補償を目的とする給付は、民事上の損害賠償における休業損害や後遺症逸失利益との間で損益相殺されます。しかし、仮にこれらの保険給付が実際の逸失利益額を超えて支給されたとしても、その超過分が他の損害費目(例えば慰謝料や入院雑費)から控除されることはない、ということになります。
6.まとめ
本記事では、労災と損益相殺について解説しました。
損益相殺となるか否かは、単なる名目だけではなく、その内容(支給条件や目的など)によって判断されますので、その支給根拠となる規程などの確認を怠らないようにしましょう。
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