
本記事では、労働災害で指を切断してしまった場合に受けられる労災保険給付の内容や、慰謝料・損害賠償の計算方法などを網羅的に解説します。
具体的な手続きの流れ、後遺障害等級の基準や会社に対して損害賠償を請求する際のポイントなど、複雑になりがちな手続きを分かりやすくまとめています。
指切断事故は、身体的苦痛だけでなく、将来の仕事や生活に大きな不安をもたらす重大な問題です。労災認定の基本から慰謝料に関わる考え方までをしっかり押さえ、適正な補償を受けられるように備えていきましょう。
本記事を執筆した弁護士
目次
指切断事故が労災認定されるための要件と手続き
指切断事故が労災として認定されるためには、業務との因果関係を正しく立証する必要があります。
労災保険は、労働者が業務中または通勤途中に被った怪我や病気に対して補償を行う制度です。指切断事故も、仕事に起因していること(業務起因性)と、業務の遂行中に発生したこと(業務遂行性)が確認されれば、労災として認められる可能性が高まります。実際の事故状況や作業内容を詳細に整理することで、確実に労災認定を受けられるよう準備しておくと良いでしょう。
会社側が「業務外の自主作業で起こった事故」と主張する場合など、業務起因性を巡って争いになるケースもあります。そのようなときには、業務指示の内容や当日の運用実態などを細かく記録しておくと、因果関係を明確に示せる可能性が高まります。また、目撃者の証言や監視カメラの映像も、有力な証拠となります。
業務遂行性・業務起因性を確認するポイント
業務遂行性とは、被災時に労働者が会社の業務を行っているかという点を意味します。指切断事故が発生したタイミングや場所、作業内容が業務と直接関係している証拠を示すことが基本です。無断で持ち込んだ機材を使っていたり、正式な業務範囲外の行為であれば認定が難しくなる可能性があります。
一方、業務起因性は、事故が業務に内在する危険や作業環境の不備などによって生じたかどうかを問う概念です。例えば、安全装置の未設置や誤った指示による危険作業などに起因する怪我であれば、業務起因性が認められやすくなります。これらを労働基準監督署に正確に説明するには、事前の準備や記録が欠かせません。
業務遂行性と業務起因性は、どちらか一方が欠けると労災認定は難しくなります。社内ルールや作業指示の範囲内で起こった事故であることを示し、かつ会社側が管理すべきリスク要因が発生原因として特定できれば、労災として認められる可能性が高まります。
労災申請の流れと必要書類
指切断事故が起きたら、まずは医療機関で速やかに治療を受けましょう。その後、労働基準監督署に提出する書類としては、労災保険給付の申請書や医師の診断書、会社が記入する事故発生状況報告書などが必要です。実際に書類をそろえるには会社の協力が必要になるため、早めに担当部署へ連絡するとスムーズです。
労災保険は休業補償給付や障害補償給付など複数の給付があり、申請内容に不備があると認定までの時間が長引くケースがあります。
申請後は労働基準監督署による調査や審査が行われ、事故が労災に該当するかどうかを判断されます。認定がおりるまでには一定の期間がかかることもあるため、治療費や休業補償が必要な場合は早めに請求を行い、生活への影響を最小限に抑えましょう。
労災保険給付で受け取れる補償の種類と金額
労災として認定されると、治療費や休業補償だけでなく、後遺障害等級に応じた給付も受けられます。
指切断事故のように重大な負傷を負った場合、労災保険からの補償は治療を支える大きな手立てとなります。一般的には療養補償給付として治療費が全額負担されるほか、休業が長期にわたるケースでは休業補償給付で収入面のカバーが可能です。残存する障害の程度に応じて、障害等級が認められれば追加給付が行われるしくみです。
後遺障害等級は、切断した指の本数や関節の可動域、機能喪失の度合いによって分類されます。例えば、一部の指のみの切断でも、関節の完全な可動が失われた場合は重い等級が認定されるケースもあります。その結果として、障害補償年金や一時金などの救済措置が適用されますので、自分の状態に合った等級の認定を受けることが重要です。
また、特別支給金や年金給付として追加の保障を受けられる場合もあります。特に重度の後遺症が残った場合には、長期的な生活保障として年金給付が役立ちます。事故後の手続きや診断結果が将来的な給付に直結するため、医師の診断書や手続きの準備をしっかり行うことが大切です。
療養(補償)給付の概要
指定医療機関で治療を受ける場合、窓口負担ゼロで受診できるのが療養補償給付の最大のメリットです。仮に指定医療機関以外を受診した場合でも、後から費用を請求する形で給付を受けることが可能です。大きな怪我で治療が長期化しがちな指切断事故の場合、医療費の負担軽減は非常に大切な要素となります。
この給付は入院治療だけでなく、リハビリなどの通院にも適用されます。手術後のリハビリは回復を左右するため、完治に近づくまでしっかりとサポートを受けられます。もし治療先や治療内容について不明点がある場合は、労働基準監督署か医療機関に確認して無理なく続けられる治療プランを立てるとよいでしょう。
ただし、労災保険指定医療機関でなければ手続きが煩雑になる場合もあるため、最初に行く病院を選ぶ段階で注意が必要です。指定病院を利用すると手続きが簡素化される一方、その病院の専門科や医師のスキルも確認しておくことをおすすめします。
休業(補償)給付の支給内容
休業補償給付は、指切断事故によって職場復帰が難しくなった一時的な期間に対して、給付基礎日額の60%が支給される制度です。具体的には、事故後の4日目以降が支給開始日となり、療養のために就労できなかった日数分が対象となります。さらに特別支給金として20%が上乗せされる仕組みがあるため、実質的には給付基礎日額の80%が保障される形です。
この補償は、定期的な収入を得られない間の生活費を支える重要な柱となります。労災以外の各種保険や公的制度を併用するケースもありますが、休業補償給付はまず最初に確認しておきたい給付内容の一つです。支給を受けるためにも、休業日数や給与明細など、証拠書類をきちんと保存しておく必要があります。
障害(補償)給付|指切断後の後遺障害等級
指切断という重大な症状の場合、治療が終了しても完全には元に戻らず、機能の一部喪失が残ることが多々あります。そのような場合には、後遺障害等級認定の手続きが必要になります。
業務上の傷病により手指を切断し後遺障害が残った場合、労働者災害補償保険法に基づき、その障害等級に応じて障害補償給付が支給されます。手指の喪失は「欠損障害」の一種です。手指の欠損障害には、障害の程度に応じて「手指を失ったもの」と「指骨の一部を失ったもの」があります。
労働能力の低下具合や手指の機能障害の程度に応じて等級が決定し、それに基づき障害補償年金や一時金が支払われます。同じ指切断事故でも、切断箇所が指の第一関節なのか、あるいは根本部分まで失われているのかによって、認定される等級は変わってきます。具体的には、以下のとおり定義されています。
- 手指を失ったもの: おや指(母指)は指節間関節、その他の手指は近位指節間関節以上を失ったものを指します。具体的には、手指を中手骨または基節骨で切断したものや、近位指節間関節(おや指は指節間関節)で基節骨と中節骨を離断したものが該当します。
- 指骨の一部を失ったもの: 指骨の一部を失っていることがエックス線写真などで確認できるものを指します。ただし、指の先端の骨である末節骨の半分以上を失った場合は、「手指の用を廃したもの」に該当するため、「指骨の一部を失ったもの」には含まれません。
手指の欠損障害は、欠損した指の本数や部位に応じて、以下のように等級が認定されます。
- 第3級5号: 両手の手指の全部を失ったもの
- 第6級7号: 1手の5の手指又はおや指を含み4の手指を失ったもの
- 第7級6号: 1手のおや指を含み3の手指を失ったもの又はおや指以外の4の手指を失ったもの
- 第8級3号: 1手のおや指を含み2の手指を失ったもの又はおや指以外の3の手指を失ったもの
- 第9級8号: 1手のおや指又はおや指以外の2の手指を失ったもの
- 第11級8号: 1手のひとさし指,なか指又はくすり指を失ったもの
- 第12級9号: 1手のこ指を失ったもの
- 第13級7号: 1手のおや指の指骨の一部を失ったもの
- 第14級6号: 1手のおや指以外の手指の一部を失ったもの
なお、手指の障害が複数残存した場合など、系列が異なる複数の後遺障害が残存した場合は、原則として等級を併合して認定されることがあります。
手指の機能障害も欠損障害と同様に労災事故を原因として機能障害が生じた手指の数および機能障害が生じた箇所に応じて等級が認定されます。
後遺障害に認定された場合に受け取れる給付
労災で後遺障害が認定されると、障害の程度(等級)に応じて次の給付が支給されます。
- 障害補償年金(1〜7級)
- 障害補償一時金(8〜14級)
- 特別支給金(全等級共通の上乗せ一時金)
- 介護補償給付(介護が必要な場合)
等級ごとに、年金か一時金のいずれが支給されるかが決まっています。
障害等級ごとの給付一覧(年金・一時金・特別支給金)
| 障害等級 | 給付区分 | 年金/一時金(基礎部分) | 特別支給金 | 支給総額のイメージ |
|---|---|---|---|---|
| 1級 | 年金 | 給付基礎日額 × 313日/年 | 342万円 | 「年金」+342万円 |
| 2級 | 年金 | 給付基礎日額 × 277日/年 | 320万円 | 「年金」+320万円 |
| 3級 | 年金 | 給付基礎日額 × 245日/年 | 300万円 | 「年金」+300万円 |
| 4級 | 年金 | 給付基礎日額 × 213日/年 | 264万円 | 「年金」+264万円 |
| 5級 | 年金 | 給付基礎日額 × 184日/年 | 225万円 | 「年金」+225万円 |
| 6級 | 年金 | 給付基礎日額 × 156日/年 | 192万円 | 「年金」+192万円 |
| 7級 | 年金 | 給付基礎日額 × 131日/年 | 159万円 | 「年金」+159万円 |
| 8級 | 一時金 | 給付基礎日額 × 503日 | 65万円 | 「一時金」+65万円 |
| 9級 | 一時金 | 給付基礎日額 × 391日 | 50万円 | 「一時金」+50万円 |
| 10級 | 一時金 | 給付基礎日額 × 302日 | 39万円 | 「一時金」+39万円 |
| 11級 | 一時金 | 給付基礎日額 × 223日 | 29万円 | 「一時金」+29万円 |
| 12級 | 一時金 | 給付基礎日額 × 156日 | 20万円 | 「一時金」+20万円 |
| 13級 | 一時金 | 給付基礎日額 × 101日 | 14万円 | 「一時金」+14万円 |
| 14級 | 一時金 | 給付基礎日額 × 56日 | 8万円 | 「一時金」+8万円 |
障害補償年金(1〜7級)の特徴
後遺障害の程度が重く、労働能力が大幅に低下したと判断される場合には「障害補償年金」が支給されます。
- 毎月支給される継続的な給付です。
- 年金とは別に、159〜342万円の特別支給金が一時金として支給されます。
- 受給中に亡くなった場合は、条件により遺族補償年金へ切り替わることがあります。
重度の後遺障害に対する生活補償として重要な給付です。
障害補償一時金(8〜14級)の特徴
比較的軽度の後遺障害が認定された場合には、障害補償一時金が支給されます。
- 一括支給の給付なので、治療費・生活費の補填に使いやすい制度です。
- 特別支給金として8〜65万円が必ず追加で支給されます。
介護補償給付(介護が必要な場合)
後遺障害が重く、介護が常時または随時必要と判断される場合には、別途「介護補償給付」が支給されます。
- 常時介護と随時介護の区分があり、支給額が異なります。
複数の後遺障害がある場合(併合認定)
複数の障害が重なる場合は「併合認定」が行われ、等級が繰り上がることがあります。
併合により給付額が増えるため、診断書・画像・症状の整理が特に重要です。
慰謝料や逸失利益などの損害賠償額の計算方法
労災保険給付以外に、会社や第三者への賠償請求が可能な場合、その請求項目と金額算定方法を知っておきましょう。
労災認定を受けただけでは、精神的な苦痛や将来の収入減少を十分にカバーできない場合があります。そのため、労災保険給付とは別に、会社や機械メーカーなど第三者に対して慰謝料や損害賠償請求を行うケースがあります。請求が認められれば、被災者の精神的苦痛や逸失利益が補償される形になります。
入通院慰謝料は、実際の通院日数と治療期間によって算定されるのが一般的です。
具体的には、以下の計算表にしたがって計算されます。

裁判や交渉では、基本的には、この表に基づいて慰謝料が計算されることになりますので、この表の見方について解説します。
入院や通院の有無によって、以下のように場合分けされます。
【入院をして退院後に通院をしていない場合】
表の「入院」欄にある入院期間に対応する「A」欄の金額が入院慰謝料の基準となります。例えば、2か月間入院していた場合は、101万円です。
【入院をして退院後に通院をした場合】
「入院」欄にある入院期間と「通院」欄にある通院期間が交差する欄の金額が入院通院慰謝料の基準となります。例えば、1か月入院した後に3か月間通院した場合は、115万円です。
【通院のみの場合(入院がない場合)】
「通院」欄にある通院期間に対応する「B」欄の金額が通院慰謝料の基準となります。例えば、6か月通院した場合は、89万円です。
ただし、通院が長期にわたる場合には、症状、治療内容、通院頻度をふまえて、実通院日数の3倍程度(別表Ⅰの場合)、3.5倍程度(別表Ⅱの場合)を慰謝料計算のための通院期間の目安とすることがあります。
また、あくまで目安に過ぎませんので、事案によって、慰謝料の金額が増減することもあります。
指の切断による後遺障害慰謝料の相場
指を切断し、後遺障害等級の認定を受けると、後遺障害慰謝料が発生します。等級が重いほど支給される金額は高額になり、身体の部位によっても違いがあります。
会社に対して請求する後遺障害慰謝料の相場は、次のとおり、認定された等級ごとの相場があります。

例えば、先ほど挙げた等級に応じて、「両手の手指の全部を失った場合」は3級で1990万円、「1手のおや指以外の手指の一部を失った場合」は14級で110万円が目安となります。
逸失利益の考え方と算定基準
指切断事故によって手の機能が著しく低下すると、将来的な労働能力が減退し、収入が下がる可能性があります。この収入ダウンを金銭的に評価したものが逸失利益です。特に手作業や現場作業での熟練が必要な仕事に従事している方は、労働能力の喪失が深刻な問題となり得ます。
逸失利益の算定では、被災前の収入や年齢、就業可能年数、労働能力喪失率などが考慮されます。例えば若い人ほど就業年数が長く見込まれるため、逸失利益が高額になりやすいという特徴があります。一方、年齢が高い場合は就業可能期間が短く見積もられるため、まとまった金額にならないケースもあるのが実情です。
例えば、年収400万円、40歳、後遺障害等級9級と認定された場合を想定して、逸失利益を計算すると以下のとおりです。
※後遺障害等級は労災の認定とおりに裁判でも認定されるとは限りません。
※あくまで例であって、個別具体的な事情により大きく金額が異なる場合があります。後遺障害等級9級の労働能力喪失率:35%
労働能力喪失期間:27年
※原則として67歳までで計算します。
27年に対応したライプニッツ係数:14.643
※簡単にいうと、将来もらえるはずのお金を、いまの価値に直して計算するための係数です。400万円×35%×14.643=2050万0200円
過失相殺が適用されるケース
損害賠償の場合、被災者側にも注意義務違反があれば過失相殺が行われ、会社に請求可能な賠償額が減額されることがあります。例えば安全装置をうっかり解除していたり、作業手順を自己判断で大きく変更した場合は、過失が認められる可能性が高まります。
例えば、指を切断した被災者の過失が大きく認められてしまった事例としては、東京地判平成20年11月13日判決(岩瀬プレス工業事件)があります。
プレス機械に備え付けられた光線式安全装置の「死角」が生じた状態で作業が行われ、作業者である原告(被災者)が自らその危険範囲に手を入れてしまったことによる挟まれ事故です。原告は、以前からプレス作業の経験があり、安全装置の位置をヨウカンの高さに合わせて調整しなければならないことを理解していたにもかかわらず、ヨウカンを大型から小型に交換した後も光線式安全装置の位置を調整せず、そのまま右手をスライド下に入れた状態でフットスイッチを踏んで機械を作動させました。この点について裁判所は、原告が調整義務を十分認識しながらこれを怠り、危険な手の入れ方をしたことを重く評価し、相当程度の過失があると判断しています。
他方で、会社側についても、プレス機械作業主任者が不在であるにもかかわらず、特別教育を受けていない原告に安全装置の調整を任せ、その作業が適切に行われたか確認していなかった点などから、安全配慮義務違反が認められています。もっとも、原告側の過失の内容・程度が大きいことを踏まえ、裁判所は、原告の損害については原告80%・会社20%とするのが相当であるとして、原告の過失を8割とする過失相殺を行っています。
この裁判例のように過失相殺が適用されると予想外に賠償額が下がることもあるため、注意が必要です。
会社に対して損害賠償や慰謝料を請求する際のポイント
会社の安全配慮義務違反が認められる場合は、労災からの補償の他に会社に対しても損害賠償を請求できる可能性があります。
例えば、指切断事故の場合、機械の安全ガードが未設置だったり、安全作業手順の周知がなされていなかったりするなど、明白な義務違反があれば会社の過失が認められやすくなります。会社との示談交渉は補償額の大きな部分を左右するため、初期段階で事実関係を整理しやすいよう証拠集めをしておくと効果的です。
損害賠償の請求は、話し合い(示談)で解決する場合もありますが、意見の相違が大きいと訴訟等へ発展します。手続きが長期化することもあるため、早めに弁護士へ相談して方針を決めておけば、精神的負担を軽減しながら進めやすくなるでしょう。
安全配慮義務違反を主張する根拠
安全配慮義務違反を主張するには、会社がどの程度安全管理や教育を行っていたかが重要になります。マニュアルの整備や作業手順書の作成、定期的な安全講習の実施など、会社がリスクを予測して対策を講じていた証拠があるかどうかもポイントです。
例えば、作業工程において必要な防護具の着用を徹底していなかったり、機械のメンテナンス計画が疎かになっていたりといった事実が見つかれば、会社側の過失が大きく認定される可能性があります。これらを示すためには、業務日誌やメンテナンス記録、メールのやり取りなどの証拠を集めると効果的です。
裁判例では、作業者の不注意だけでなく、会社による不備や怠慢が明らかになった場合に高額な損害賠償が認められるケースがあります。そのため、被災者としては自らの過失を認めるあまりに会社の義務違反を見落とさないよう、慎重に事実を洗い出すことが重要です。
示談交渉・訴訟
会社との話し合いがまとまらない場合は、示談交渉から訴訟(裁判)等へと手続きが移行していくことがあります。
訴訟では、被災者と会社の主張を基に裁判所が判断し、損害賠償額や安全配慮義務違反の有無を最終決定します。判決が確定すれば、強制力のある手段で賠償金を回収することが可能です。もっとも、訴訟には時間と費用がかかるため、事前に見通しを立てることが大切です。
交渉や裁判を素人が単独で行うのは難しく、弁護士のアドバイスが必要となるケースがほとんどです。示談の段階でも弁護士を通して話を進めることで、交渉における主張や証拠資料の整備が確実に進み、有利な結果を得られる可能性が高まります。
指切断による後遺障害が認定された裁判例
指切断事故をめぐる裁判例で、後遺障害等級や損害賠償が高額に認められたケースを紹介します。
津地判昭和62年4月30日判例タイムズ646号135頁
中華食品工場で派遣社員として働いていた原告が、フードスライサー(食肉切断機)で角切り作業中、機械側面の小さな点検口のふたが外れ、中から肉が押し出されてきたのを左手で押し戻そうとして、回転中の刃に触れ、左中指・薬指を切断した事故です。
障害等級10級6号「1手の母指以外の2指の用を廃したもの」と認定されています(左中指・薬指の用廃)。
慰謝料等の金額については、入通院慰謝料:約155万1千円、後遺障害慰謝料:550万円、後遺障害による逸失利益:約888万2千円と認定されました。
そのうえで、裁判所は、危険な構造の機械に安全ガードや自動停止装置を付けず、非熟練の派遣労働者に十分な安全教育もしないまま作業させていた点で会社側の安全配慮義務違反を重く見つつ、原告も回転している刃が入っている側に手を入れた点に過失があるとして、会社80%:原告20%の過失割合とし、最終的に会社に対して、約1127万円の支払いを命じました。
(6) 後遺障害逸失利益 888万1991円
原告は、左環指及び左中指の一部を失ったことにより、ものをつかむ動作に支障が生じるなどの労働能力の喪失が認められるところ、その逸失利益は、次のとおり888万1991円と認めるのが相当である。
ア 基礎収入(年収) 332万3325円
本件事故以前における原告の基礎収入は、前記(4)の認定のとおり、日額9105円と認められるところ、その年収は、次のとおり332万3325円と認めるのが相当である。
9105円×365日=332万3325円
なお、原告は、平成26年度賃金センサス男性学歴計全年齢平均である536万0440円を基礎収入とする旨主張するが、原告の本件事故以前における現実の収入は上記のとおりであり、原告は、前職の退職を余儀なくされた後、本件派遣会社から派遣されて被告の業務に従事していたこと、また、症状固定時53歳であること(前提事実、認定事実)に照らせば、上記の症状固定時、原告に上記平均賃金センサスと同程度の収入を得る蓋然性は認められないから、上記主張を採用することはできない。
イ 労働能力喪失率 27パーセント
原告は、平成28年3月28日、左環指切断及び左中指切断による左手指の欠損を残し、症状固定に至ったと認められるところ(前提事実)、上記傷害は「1手の母指又は母指以外の2の手指の用を廃したもの」(障害等級第10級の6)に当たり、その労働能力喪失率は27パーセントと認められる。
ウ 労働能力喪失期間 14年(ライプニッツ係数9・8986)
エ 小括 888万1991円
332万3325円×27パーセント×9・8986=888万1991円
(7) 後遺障害慰謝料 550万円
原告の後遺障害は障害等級第10級の6に当たるものであるところ(前提事実)、その後遺傷害の内容、部位及び程度に照らせば、本件事故と相当因果関係を有する後遺障害慰謝料は550万円と認めるのが相当である。
・・・
原告が主に担当していた機械は、何らかの不具合が生じた際に自動停止装置が作動するチョップスライサーである一方、本件切断機は自動停止装置が備え付けられていなかったこと、原告は、本件事故当時、非熟練労働者であって、本件切断機による作業も本件事故当日でせいぜい5回目であったことなどの事情に照らすと、本件事故についての双方の具体的な過失割合としては、被告を8割、原告を2割とそれぞれ認めるのが相当である。
札幌地判昭和62年8月27日判例時報1286号134頁
この事件は、港湾運送等を営む被告会社から鋼材運搬業務を請け負っていた運送会社のトレーラー運転手(原告)が、被告の有明営業所で鋼材を積み込む作業中に左拇指を切断した労災事故について、被告の損害賠償責任が争われたものです。鋼材はH型鋼を5本帯鉄で一束にしたもので、移動式クレーンで2~3束まとめて吊り上げ、トレーラー荷台に降ろす作業が行われていました。原告は荷台上で鋼材の積載位置を決め、降下中の鋼材に手を添えて位置を調整している際、束上部の隙間に左拇指を挟まれ、切断の傷害を負いました。
原告は左拇指切断により、後遺障害等級9級(労働能力喪失率35%)に相当する後遺障害を負ったと認定され、2割の過失相殺を行ったうえで、最終的に約1741万円の損害が認められました。
原告は、鋼材運搬の業務に従事していたのであるから、鋼材吊り下げの状態でできる隙間は接着時に閉じることになり、鋼材に手をかけて作業をすることに際しては、吊り下げ状態でできる隙間に指を入れないようにすべき注意義務があるのに、これを怠り、前記認定の経過で鋼材の巻き下げの途中で左拇指を鋼材の束の上部の隙間に入れていたため、鋼材が荷台に接着した際左拇指をはさまれ、左拇指切断の傷害を受けたものであるから、本件事故の発生について原告にも二割の過失があるものと認めるのが相当である。
・・・原告が本件事故により、左拇指切断の後遺障害(障害等級九級)を残していることは先に認定したとおりであり、原告は右後遺障害により労働能力の三五パーセントを喪失したと認めるのが相当である。
そこで、右期間の逸失利益から中間利息を控除して、事故当時の現在価を算出すると、一七四一万七七三一円(13,098×365×0.35×10.4094=17,417,731)となる。
労災と併用できる可能性があるその他の制度
労災保険以外の社会保障制度や民間保険の利用で補償を厚くすることも検討しましょう。
指切断事故は、長期にわたる治療やリハビリが必要になる可能性があります。労災保険による補償が中心となりますが、他の社会保障制度や民間保険を併用することで、より手厚いサポートを得られる場合があります。特に、障害年金や傷害保険などは労災保険とは別に給付を受け取ることが可能なケースも多いです。
障害年金を受け取るには、国民年金・厚生年金の支給要件を満たしている必要があります。手指の障害でも日常生活や就労に顕著な影響が認められる場合は、障害基礎年金や障害厚生年金が支給されることがあります。診断書や障害認定基準が細かく設定されているため、事前の確認が欠かせません。
また個人で加入している傷害保険などでは、労災の補償と重複して給付金を受け取れる場合があります。給付制限の規定がある保険もあるので、保険約款をよく確認し、必要なら保険会社に問い合わせるとよいでしょう。複数制度を上手に組み合わせることで、ケガによる経済的ダメージを最小限にできます。
障害年金や民間保険を活用する際の注意点
労災と障害年金を両方受給するには、年金制度で定められた障害認定基準を満たすことが必要です。手の機能喪失程度が制度上の障害等級に合致しないと給付対象外になる場合もあります。申請前に自分の症状がどの級に該当するかを医師に確認しておくとスムーズです。
民間の傷害保険の場合、事故の原因が業務上かどうかにかかわらず給付金を受け取れることがあります。ただし、保険商品によっては、業務災害の補償が規定外とされている場合もあるため、契約内容をよく確認しましょう。特に特約や免責事項は細かくチェックが必要です。
障害年金や民間保険を併用する場合、各制度ごとに書類や証明が必要で、申請手続きが複雑になることがあります。申請期限や手続きルールを把握し、必要に応じて社会保険労務士や保険の担当者に相談しながら進めることで、給付漏れを防ぎ、適切な支援を受けることが可能となります。
まとめ
指切断事故は、被災者の日常生活と将来の働き方に大きな影響を及ぼします。労災保険や会社への損害賠償請求といった制度を正しく理解し、自らの権利を十分に行使することが大切です。早い段階で手続きに着手し、必要な書類をそろえておけば、治療やリハビリ、生活費の補償などもスムーズに受け取ることができます。
特に会社の安全管理体制に問題があった場合は、安全配慮義務違反の追及を行うことで、慰謝料等を請求できるケースも少なくありません。示談交渉や訴訟へと進む可能性を見据え、証拠や記録をしっかりと保管しておくことが大切です。
本記事を執筆した弁護士
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